院長コラム

抗生剤のお話しvol.1~抗生剤(抗生物質)の光~

こどもの感染症

抗生剤(抗生物質)とは?

 抗生剤は20世紀の最大の発明とされています。その中で最初の抗生剤がペニシリンです。これほど多くの人の命を救った薬はありません。しかし、すべての薬に共通していることですが、光の部分があれば必ず影の部分があります。
 まずは光の部分を見ていきましょう。

抗生剤の歴史 ペニシリンの発見

 1928年に英国のフレミングがどこにでもいるアオカビから細菌を強力に殺す物質であるペニシリンを発見しました。ただ、薬としての製品化はできないまま研究は中断されてしまいました。

 その後10年以上たって同じ英国のフローリーとチェーンが再発見し、1942年にアメリカに渡って製品化に成功しています。このペニシリンの効果は高く、亡くなりかけた肺炎や産褥熱、敗血症などの患者が瞬く間に回復して、魔法の薬と呼ばれるようになりました。また、大量生産ができるようになり、多くの人の命を救ってきました。1945年には、この3人にノーベル医学賞が贈られています。

日本でのペニシリンの歴史

 第二次世界大戦末期の1943年12月に同盟国のドイツから潜水艦が日本に到着しました。この積み荷の中にドイツの医学雑誌がありました。当時の陸軍の軍医がペニシリンの論文を読み、翌年の1944年の2月にペニシリンンの研究を開始しました。なんと同年の11月にはペニシリンの開発に成功しています。アオカビの色から「碧素」という名前が付けられました。日本は世界で3番目のペニシリン開発国になったのです。最初に投与されたのは瀕死の敗血症の女性でしたが2週間で完治したそうです。

ペニシリンの普及

 戦後に発売されたペニシリンの1本の値段は当時の価格で3930円だったそうです。現在の価格では1本で50万円ほどです。1日に4本使ったとして、1週間使うと1000万円を超える高価な薬でした。

抗生剤は貴重な命を救う薬でした

 昔は保険制度がないためすべて自費でした。ペニシリンによる治療を受けるために、患者の家族は家を売るなど大変な思いをしたそうです。

 このようにペニシリンは命を救う薬でしたが、とんでもなく高価な薬だったのです。普通の人が使えるようになるのは、その後10年以上たった1960年ころからです。

※ 本コラムの掲載内容は当時の小児医療から記載しているものです。現状と異なる場合もございますので、ご了承ください。