院長コラム

子供の肺炎は予防する病気?肺炎になってから治す病気?

こどもの感染症抗生剤の使用方針

全国の小児科医の間で、多くの議論をよんだ4歳の女の子のことを紹介します。

肺炎で亡くなった女の子

軽い咳と熱のため近くの病院を受診して、抗生剤を飲まれたそうです。2~3日で症状は治りましたが、その数日後から高熱と呼吸困難になり、入院されました。レントゲンで肺炎と診断され、抗生剤の点滴が開始されました。しかし、症状はどんどんひどくなり、ありとあらゆる抗生剤も効果が無く2週間後に亡くなられました。
4歳の肺炎であれば、普通は外来で抗生剤の点滴や内服で治ってしまいます。この子が亡くなった理由は抗生剤が全く効かない細菌による肺炎だったからでした。

耐性菌の恐さ

この10年間の間に、抗生剤が効かない細菌(耐性菌)が急増しています。中には亡くなった女の子からみつかった細菌のように、現在あるほとんどの抗生剤が効かない高度の耐性菌もあります。なぜ耐性菌が増えてきたのでしょうか。
抗生剤を使用すると、抗生剤が効く細菌は簡単に消えてしまいます。しかし、ごく少数の耐性菌だけは生き延びて広がっていくことになります。細菌感染の治療には抗生剤は絶対に必要な薬です。しかし、抗生剤を使用すると必ず耐性菌が広がることになります。大変な難問なのです。

なぜ女の子は亡くなったのか?

だれにも、本当のことは解りませんが、最初のカゼのときに飲んだ抗生剤で、「のど」に少しだけ住んでいた高度の耐性菌が生き残り、この耐性菌が増えて肺炎が起こったことが疑われています。

肺炎は抗生剤で予防できる?

熱や鼻水や咳で始まる、カゼ(感冒)のときに、早く抗生剤を飲ませると、肺炎になるのを防げるのではないかと、昔からいろいろな研究が行われてきました。昔は、抗生剤が効かない細菌は無かったので、抗生剤の効果は現在とは比較できないほどの威力がありました。しかし、ほとんどの研究からは、カゼのときに抗生剤を飲んでも肺炎を予防する効果は見つかりませんでした。もともと健康な子どもでは、抗生剤を飲んでも飲まなくても、カゼの後で肺炎になる確率は1%以下です。もちろん、特殊な病気を持つ子どもでは、抗生剤による予防が必要なことも当然あります。

なぜカゼに抗生剤を使うのか?

それでも、カゼのときに抗生剤がよく使われるのはなぜなのでしょうか?一番は医師の思いやり?かも知れません。保護者から早く治してほしいという要望に何とか応えたいという医師の気持ちもあるのかもしれません。

肺炎球菌ワクチンの効果

肺炎球菌ワクチンの普及で、抗生剤による治療が必要な肺炎は1/10程度に減少しました。こうなると,一人の肺炎を抗生剤で予防するためには、カゼの子供1万人以上に抗生剤を飲ませなければなりません。1万人以上に抗生剤を飲ませると、耐性菌の問題だけでなく、抗生剤による命にかかわる重症の副作用が問題となってきます。抗生剤による肺炎の予防は決して安全な医療ではありません。

肺炎での入院は本当に肺炎?

日本での「肺炎」による入院数は欧米と比べて5倍ほども多いのです。この理由は、日本での肺炎の診断に問題があります。抗生剤が必要な本当の細菌性の「肺炎」だけでなく、抗生剤が効かないウイルス性の「カゼ」でも熱が長引けば「肺炎」と診断されて入院となっているためです。

肺炎になってから治療する

カゼの子供に肺炎を予防するために抗生剤を飲ませることに意味があるのでしょうか?耐性菌が増えてきたこと、さらに肺炎球菌ワクチンの普及で、肺炎は抗生剤で予防するのではなく、肺炎になってから治療することが最も安全な治療方針なのです。

※ 本コラムの掲載内容は当時の小児医療から記載しているものです。現状と異なる場合もございますので、ご了承ください。